大阪地方裁判所 平成元年(ワ)9874号 判決 1992年10月19日
原告
高島奈々子
被告
奥井篤彦
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一請求
一 被告は、原告に対し、金五二六六万二八六二円及びうち金五〇一六万二八六二円に対する昭和六〇年四月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六〇年四月一七日午前〇時一五分ころ
(二) 場所 吹田市山手町三―一二―三先市道上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 事故車 被告が運転していた普通乗用自動車(大阪五二な七八六八号、以下「被告車」という。)
(四) 事故態様 被告が、被告車を運転し、前記道路を北西から東に向かい進行中、ハンドル操作を誤り、同道路左端に設置されていた電信柱に自車前部を衝突させ、その衝撃により同乗していた原告(昭和二一年六月六日生まれ)に対し、左顔面・両下肢挫創、左肩打撲傷、上顎洞損傷、両頬陥没骨折、頚部捻挫、両膝打撲傷の傷害を負わせた。
2 責任原因
被告は、被告車を所有し、その運転をしていた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により、本件事故による損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 治療費 二三八万七七八二円
原告は、市立吹田市民病院、甲聖会紀念病院、大阪医科大学附属病院での各治療に関し、治療費として右金額を負担した。
(二) 入院雑費 九万八八〇〇円
原告は、昭和六〇年四月一七日から同年五月一一日まで甲聖会紀念病院に、同月一七日から同年六月七日まで、同年一〇月二九日から同年一一月八日まで、昭和六一年五月二日から同月一九日まで大阪医科大学附属病院にそれぞれ入院し、その入院日数は計七六日となり、入院雑費として一日当たり一三〇〇円を要したので、入院雑費合計は九万八八〇〇円となる。
(三) 休業損害 二七〇八万一九五〇円
本件事故当時、原告の日収は一万六〇〇〇円であったから、原告が本件事故により受けた本件事故後昭和六三年七月三一日までの休業損害(ハウスキーパーの費用をふくむ。)は二四二六万五九五〇円となり、その後、形成科の症状固定日である平成元年一月二三日までの休業損害は二八一万六〇〇〇円となる。
(四) 逸失利益 三七三〇万四六一二円
原告は、後記のとおりの後遺障害のため、労働能力を六七パーセント喪失したから、平成元年一月二四日から調停決裂日である同年一〇月三〇日までの間に三〇〇万一六〇〇円の、同月三一日から満六八歳になる日の前日である平成二六年六月五日までの間に三四三〇万三〇一二円の損害を被った。ただし、本件事故に遭わなければ、満四六歳になる日の前日である平成四年六月五日までは一日一万六〇〇〇円(年五八四万円)、それ以降は昭和六二年賃金センサス新高卒・四〇ないし四四歳の女子の年収額に相当する収入を得られたものとして計算した。
(五) 慰謝料 一三〇二万七二〇〇円
原告は、入院日数七六日、実通院日数三六日を要する治療を受けたから、それによる慰謝料として一四八万七二〇〇円相当の、また、原告の後遺障害は、後遺障害等級表の第七級一二号(女子の外貌に著しい醜状を残すもの)、第九級三号(両眼に半盲症、視野狭窄又は視野変状を残すもの)に該当し、右後遺障害は併合して同表の第六級に該当するので、後遺障害による慰謝料として一一五四万円相当の損害を受けた。
(六) 弁護士費用 二五〇万円
原告は、弁護士に本件訴訟を依頼し、その報酬として二五〇万円を支払うことを約した。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は、原告の受傷内容は不知、その余は認める。
2 同2の事実は、認める。
3 同3の事実は、否認する。
三 抗弁
1 過失相殺及び好意同乗による減額
被告は、原告と愛人関係にあり、勤務先から帰途、原告が当時経営していた居酒屋「ちろりん亭」に毎晩通い、飲食していた。その際、被告は被告車を運転して行つたのであり、本件事故の日も、被告車を運転して同店に赴き、同日午後七時ころから翌日午前零時過ぎまでビール、チユーハイ等を飲んでいた。そして、原告は、被告が自動車で帰宅することを認識しながら酒を提供し、被告が泥酔していることを知りながら、被告車に同乗し、本件事故に遇つたものであるから、六割の過失相殺がされるべきである。
2 損益相殺
本件事故による損害のてん補として、次のとおり合計二九〇二万二二三七円の支払がなされた。
(一) 原告の請求に対応するもの
(1) 治療費 八八万七八六七円
(2) 雑費 四万五六〇〇円
(3) ハウスキーパー代名目 四七八万五〇〇〇円
(4) 休業補償費名目 一九二三万二〇〇〇円
(5) 自賠責後遺症補償 三一六万円
(二) その他
(1) 国民健康保険求償分 七一万二六一〇円
(2) 付添看護費 一九万九一六〇円
四 抗弁に対する認否
抗弁1の事実は否認し、抗弁2の事実は、国民健康保健求償分については争い、その余は認める。
理由
一 請求原因1(本件交通事故の発生。ただし、原告の受傷内容を除く。)、同2(責任原因)の各事実は、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実に加え、後掲の各証拠、証人吉村哲也の証言、原告・被告各本人尋問の結果によれば、本件事故の態様、原告の受傷内容・治療経過に関し、次の事実が認められる。
1 本件事故態様
(一) 本件事故現場は、関西大学正面方面から山手町方面に向かい、南から南東へ、さらに東へと屈曲している幅員五メートル(一メートルの路側帯を含む。)、制限速度時速二〇キロメートル、勾配東方面へ上り一〇〇分の二・五度のアスフアルトで舗装された市道(以下「本件道路」という。)上にある。同道路南側には関西大学グランドとの境界にフエンスが、同北側には石垣、生垣がそれぞれ設置されており、右生垣にそつて電柱が立つている(甲二の四ないし六、以下、枝番は省略する。)。
(二) 原告は、吹田市山手町一丁目で、飲食店「ちろりん亭」を経営し、店に客として来ていた被告と愛人関係にあつた。事故前日の昭和六〇年四月一六日も午後七時ないし八時ころから、被告は、同店において飲食し、原告はママとして被告その他の客に酒食を提供していたが、翌一七日午前〇時過ぎころ、酩酊した被告が原告の態度に腹を立て、原告や連れの客に罵声を浴びせた上、店外に飛び出した。
そこで、原告は、被告を追いかけ、被告をなだめようとしたが、被告が激昂して大声を出すので、人目をはばかり、車の中で話をしようと、同店近くに停めてあつた被告車に原告と共に乗り込んだ。被告が運転席に、原告が助手席に座つて、原告が被告の態度を難詰しようとした。
ところが、被告は、突然被告車を発進させ、原告が降りようとして停止するよう被告に再三懇願したが、これを無視し、両者口論をしつつ、本件現場にさしかかつた際、速度が出ていたのでフエンスと衝突しそうになり、あわててハンドル操作を誤り、被告車前部を電柱に衝突させ、助手席の原告に傷害を与えた(甲二、三)。
2 受傷内容、治療経過
(一) 吹田市民病院及び甲聖会紀念病院での治療
原告は、本件事故により顔面及び両膝に傷害を受け、市立吹田市民病院を受診した(乙一六、一八)が、満床のため甲聖会紀念病院に転送され、事故当日の昭和六〇年四月一七日から同年五月一一日まで同病院に入院した。同病院では、上顎洞、節骨洞の損傷、顔面挫創、左肩打撲傷、両下腿挫創の縫合等の治療をしたが、左頬骨陥没骨折の治療については、大阪医科大学附属病院に依頼した(乙一九、二〇)。
(二) 大阪医科大学附属病院での治療
原告は、昭和六〇年五月一三日、大阪医科大学附属病院で受診し、同月一七日から同年六月七日まで、同年一〇月二九日から同年一一月八日まで、昭和六一年五月二日から同月一九日まで、それぞれ同病院に入院(計五一日間)して数回にわたり、観血的頬骨整復術、眼窩底骨移植術、外鼻・左眼角部・左膝瘢痕拘縮形成術等の手術を受け、その後の経過観察等のため、平成元年一月二三日まで同病院に通院(実治療日数計三六日)した(乙一五、一七、二一ないし二五)が、後記のとおりの後遺障害が残った。
三 請求原因3(損害)について
1 治療費 九一万四六九七円
原告は、前記病院での各治療に関し、国民健康保険負担分を除き、治療費として計九一万四六九七円を負担したことが認められる(乙一八ないし二五)。この金額を超える治療費は、これを認めるに足りる証拠がない。
2 入院雑費 九万八八〇〇円
前記二2で認定したとおり、原告は、甲聖会紀念病院に二五日間、大阪医科大学附属病院に計五一日間入院したところ、本件受傷の部位、程度、治療経過に照らすと、右入院期間中一日当たり一三〇〇円の雑費を要したものと推認されるから、これにより計九万八八〇〇円の損害を受けたものと認められる。
3 休業損害 九三八万二一〇三円
前記争いのない事実に加え、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二一年六月六日生まれの女性であり(本件事故当時三八歳)、高校卒業後、家業の寿司屋や姉の経営する喫茶店の手伝いなどをし、昭和五六年ころから飲食店を経営していたことが認められる。
原告は、本件事故当時、一日当たり一万六〇〇〇円の収入を得ていたものと主張し、それを証するものとして、「ちろりん亭」の売上伝票、酒屋、コーヒー豆屋、おしぼり屋の領収書等を書証(甲四ないし八)として提出するが、酒、コーヒー豆、おしぼり以外の営業経費、設備費等がいくらであつたか、収益に対する原告の寄与の度合がどの程度であつたかなどを認めるに足る証拠がないから、右証拠及び原告本人の供述をもつて、原告が一日当たり一万六〇〇〇円の収入を得ていたとは認めることはできず、他に原告の右主張を基礎付ける的確な証拠はない。
しかし、昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・新高卒の女子労働者三五ないし三九歳の平均賃金が年額二四八万五一〇〇円であることは当裁判所に顕著な事実であるところ、前記認定の事実によれば、原告は本件事故当時、少なくとも右平均賃金額程度の年収を得ていたものと推認される。
そして、前記認定の原告の本件受傷の部位・程度、治療経過及び原告の職業に照らすと、原告は、本件事故の日である昭和六〇年四月一七日から症状が固定した平成元年一月二三日までの一三七八日間は、「ちろりん亭」を休業せざるをえなかったものと認めるのが相当である。したがって、右期間の休業損害は、次の算式のとおり、合計九三八万二一〇三円となる。
二四八万五一〇〇÷三六五×一三七八=九三八万二一〇三円(一円未満切捨て。以下同じ)
4 後遺障害による逸失利益 一〇二三万六五〇七円
(一) 後掲の各証拠及び原告本人尋問の結果によれば、原告の後遺障害の内容、程度に関し、次の事実が認められる。
(1) 原告は、前記受傷による後遺障害として、昭和六一年六月二日、大阪医科大学附属病院の眼科の担当医師により複視(左右上下視による)、飛蚊症(左)、視野狭窄(左)の症状が、平成元年一月二三日、同病院の形成外科の担当医師により左眼球陥没、左頬部陥凹、左眼窩下神経知覚障害(左頬のしびれ)、両膝部瘢痕、左顔面神経頬筋肉痙攣、左頬から外鼻にかけ長さ三センチメートル、左下瞼に長さ二センチメートルの各瘢痕の症状が固定したとの診断を受けた(乙一四、一五)。
(2) 以上のほか、前記眼窩底骨移植術に際し右腸骨から採骨されたため、骨盤骨に著しい変形が生じている。(乙八)。
(二) 以上の原告の後遺障害の部位・程度、原告の職業、性別、年齢等諸般の事情を合わせ考慮すると、本件事故による傷害につき症状が固定した平成元年一月二三日の時点において、原告は、その労働能力の二五パーセントを喪失したものであり、右症状固定時、原告は四二歳であつたから、右労働能力喪失の状態は、就労可能な満六七歳に至るまで、二五年間継続するものと認めるのが相当である。
そして、平成元年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・新高卒の女子労働者四〇ないし四四歳の平均賃金が年額二九一万一二〇〇円であることは当裁判所に顕著であるから、これをもとに、原告の逸失利益の本件事故当時の現価を算定すると、次のとおり一〇二三万六五〇七円となる。
二九一万一二〇〇円×〇・二五×(一七・六二九一三・五六四)=一〇二三万六五〇七円
5 慰謝料 五〇〇万円
本件事故の態様、原告の受傷の部位・程度、治療経過、原告の後遺障害の内容・程度等本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては五〇〇万円が相当と認められる。
6 小計
以上の1ないし5の損害を合計すると、二五六三万二一〇七円となる。
四 抗弁について
本件事故による損害中、本訴請求費目に対応する名目で二八一一万〇四六七円がてん補され、支払済みであることは、当事者間に争いがない。したがつて、前記損害合計二五六三万二一〇七円は既に全額てん補されていることになる。
五 よつて、原告の請求は理由がないことが明らかであるから、過失相殺等の主張についての判断を省略し、主文のとおり判決する。
(裁判官 林泰民 大沼洋一 小海隆則)